MESSAGE
代表メッセージ
福島から日本の課題に
「うねり」を起こす。
「日本一の地方新聞社」への気概
提供できる立場に
正しく判断できる情報を
私は福島民報社に新聞記者として新卒入社をしました。
新聞記者を目指したのは、大学時代で社会心理学のゼミに所属していたことがきっかけです。 そのゼミは、新聞社に就職したOBが非常に多く、毎回ゼミの後の懇親会にOBが参加してくれるような環境でした。社会心理学では、個人の考え方が、社会という大きな枠組みの中では逆の行動になることがある、というようなことを学びます。そこでいろいろ情報交換や意見交換をする中で、「やはり新聞社で働きたい」と思ったのが一番のきっかけです。
だからこそ、より正しい方向に判断できる情報を提供できる立場になりたい、と思うようになったのです。結果的に、故郷の新聞社を選ぶことになりました。
見つめ直す
手持ちの駒を
若い頃から「どういう報道が正しいのか。地方紙の役割は何か」を模索する日々を送っていました。その答えが少し見えたのは、記者時代、いわき・小名浜支局に赴任した若き日のこと。
地方紙記者として磐城青年会議所にも所属していた私は、20周年記念事業「世界一の花火を上げよう」という案を持って、港湾関係の役所を回り、協力を求めました。しかし、運輸省第二港湾建設局小名浜工事事務所では一蹴されました。所長は「20周年記念でたった一回花火を上げておしまいにするのは、地域活性化に関しては一過性のもの。将棋に例えれば、手持ちの駒はたくさんあるのに、それを使わずに負けるようなものだ」と。
「自分たちの手持ちの駒は何だろう」。所長の言葉を持ち帰り、会議所の会員同士で話し合いました。当時の小名浜港は、新産業都市構想でつくられた港で、一般市民は立ち入り禁止の場所が多くありました。そこに気づいたのです。「この港こそが、私たちの駒ではないか」と。
その結果「小名浜港を利用する多彩な船を集め、それを見てもらうことで、港の開放運動を起こそう」と計画を見直しました。さまざまな困難はありましたが、「船の博覧会」を企画し、大勢の市民に体験乗船などを楽しんでいただきました。この取り組みは継続され、港の開放運動へと発展し、結果的に今のアクアマリンふくしまにつながっていきました。
この経験から、地方紙記者としての大切な気づきを得ました。報道機関として全力を尽くすとともに、自分たちが持っている素材を再認識し、それをどう組み合わせ、どう構築するか。その視点こそが、地域を動かす力になるのではないか。現在の社業の柱「地域づくり会社」にも、その考えはつながっています。
相手の立場に立った気配りが必要
新聞を届けることだけでなく、
初めての広告局勤務時に東日本大震災を経験しました。あの時は正直なところ「何かしなければいけない」という気持ちだけが先にあって、必ずしも被災地、被災者のニーズにこたえられた訳ではありませんでした。
福島県の浜通りという地域は、一部を除いて、ほぼすべての町村が避難を強いられる状況になりました。日本の過去の歴史を見ても「その土地から誰もいなくなる」という状況は、なかったのではないかと思います。
どこに避難しているのか、どういう避難生活をしているのか、そういった情報が十分にない中で、私たちは福島県に根差す新聞社として、生活情報をとにかく届けようとしていました。
水はどこで手に入るのか、食料はどうか、安否情報をどうやって確認するのか。
広告局ではそういった情報を掲載した新聞を、避難所などに届け続けていました。
新聞を配る中で気づいたのは「老眼鏡を持って避難できなかった」という声が非常に多かった、ということでした。そこで、全国の地方紙を通じて「古いものでも構わないので、老眼鏡を提供してもらえないか」と呼びかけました。
すると、本当にたくさんの老眼鏡が集まりました。体育館などの避難所に届けたときに、大きな拍手が起きたのです。「ああ、そうだったのか」と気付きました。新聞を届けるだけでなく、もう少し避難者の立場になった気配りが必要だった、と強く感じました。
根ざす新聞社として
「はじまりの地」に
福島県の場合、震災と原発事故により時計が早回しされ、さまざまな課題が目の前に突き付けられました。福島県は「課題先進県」と言われますが、見方を変えれば、地方が抱える課題に、日本で最初に立ち向かう場所、つまり「はじまりの地」になった、とも言えます。
我々県民が一つでも課題を解決できれば、それは他の地方にとっても課題解決の参考になる。そうした挑戦を続けることが、これまで支援してくださった国内外の多くの方々への、恩返しになる、という気概を持って社業にも取り組んでいます。
私たちは、その「はじまりの地」に根ざす新聞社です。
やらなければいけないことは本当にたくさんありますが、必ずできると信じて挑戦を続けています。
きちんと存在していてほしい
「福島」という選択肢が、
新聞社として、報道機関としての使命をしっかり果たすとともに、地域課題を解決することにも注力しています。
福島県は今、若年層の人口流出数が非常に多い状況です。全国でワーストレベルが続いています。
もちろん、首都圏や近畿圏などの企業に就職して国内外で活躍することは素晴らしいことです。しかし、中にはふるさとの情報がなく、何となく首都圏などに就職してしまう人もいるかもしれません。
そこで 昨年から「ふくしまドアプロジェクト」という取り組みを始めました。スマートフォンを福島県の入り口に見立て、県内の情報をプッシュ型で届けていこう、というプロジェクトです。企業やイベント、グルメ、祭り、文化などの情報を受け取ってもらい、「福島」が就職の際の選択肢の一つになるように、との思いをこめています。
2015年度に福島県とともに「ふくしま経済・産業・ものづくり賞(ふくしま産業賞)」を創設しました。復興のためには、素晴らしい実績のある企業、意欲的な取り組み、熱意あふれる事業者などをたたえ、認知度を高めることが重要です。スタートアップも応援する必要があります。今年で11回目になりますが、これまでに300社以上を表彰してきました。
産業賞を通して分かったことですが、福島県には、本当にすごい企業がたくさんあるということです。農業県というイメージを持たれがちですが、実は医療機器の出荷額は全国一位です。こうした事実を県民が知らない、高校の進路指導の先生でさえ知らない。「こんなに素晴らしい企業があったのだ」。県内の企業情報を把握していると思っていた地方紙の私たちにとっても発見の連続でした。
ですから「ふくしまドアプロジェクト」では、産業賞の受賞企業をはじめ県内の実力ある企業を、いろいろな切り口で伝えていきます。繰り返しになりますが、企業に加えさまざまな情報を発信していきます。押しつけにならない形で、まずは「知ってもらう」ことが大事だと思っています。
そして、ふるさと・福島を知ってもらったうえで、県内の企業が就職やUターンの選択肢の一つになればいいと考えます。
もしこの取り組みが成功すれば、福島県だけの話ではなく、他の地方にも応用できるはずです。
産業賞について補足しますと、たった一人で仕事をしている方が応募してきたこともありました。会津藩の時代から続く、大のこぎりの目立てをする職人さんでした。後継者がいない中で、「自分のやっている仕事を認めてほしい」という思いで応募してくれました。正直、応募書類は文章としてはあまり整っていませんでした。しかし、選考委員が高く評価し、受賞することができました。新聞報道で、その仕事に価値があることが伝わり、「継ぎたい」と人が出てきました。産業賞を続けてきて良かった、と思いました。
正しい情報を届けるということ
主観を磨く―
我々報道機関の人間にとって、客観を装うのではなく、主観をしっかりと磨いていくことが大切なことだと感じています。「客観報道」という言葉が長く大事にされてきました。しかし、本当の意味での客観報道というのは、実はありえないのではないか――そう考えるようになりました。
たとえば、ベトナム戦争の従軍記者を想像してみてください。現地でさまざまな事実、事象を目の当たりにしても、その中から自分が報道するために選ぶ素材、記事にする視点は、記者によって異なります。人によって捉え方が違うのです。
よく言われることですが、「事実」と「真実」は違います。いろいろな人と会って話をしたり、本を読んだり、学んだりすることで、自分の主観を磨いていく。偏った主観ではなく、研ぎ澄まされた主観を持つこと。それが記者として成長することにつながるのではないでしょうか。
地域に向き合う
総合力で
私は「新聞」というメディアが本来持っている力は、まだ十分に使い切れていないと思っています。民主主義を守る役割に加え、新聞社の編集、広告、事業、印刷、販売などの総合力を発揮して地域を元気にする力があると信じます。
一方で、幅広い年代層に新聞を読んでいただくという努力が足りなかったかもしれません。
SNSに慣れている若い世代にとって、実は新聞はニューメディアなのではないでしょうか。新聞が嫌いで読まないのではなく、一度も手にしたことがなく、新聞の有用性を知らないというのが本当のところだと思います。だからこそ、学校や教育現場に出向いて「新聞講座」を積極的に開催しています。今では県内で年間200カ所以上、土日を除き、ほぼどこかで必ず講座を開いています。その成果なのか、投書欄に若い世代からの投稿がすごく増えてきました。
ある日、小学生からはがきが届きました。
「僕は新聞を読んだことがありませんでした。新聞講座で、読み方を教えてもらったり、なぜ読むのか教えてもらったりしたら、すごく読みたくなりました。僕はお母さんに『うちも新聞とってください』とお願いしました。そしたら、『誰がお金を払うの?』と言われました。僕は悲しいです」
わざわざそんな思いをしたためて送ってくれるということは、新聞に興味を持ってくれたということでしょう。本当に嬉しい話でした。
ただ、同時に思ったのです。彼のお母さんが、お金を払ってでも「その価値がある」と思えるようなコンテンツを作らなければいけない、と。
ただ事実を並べるのではなく、その価値を実感してもらえるもの、そして日々の生活を豊かにできるものを届け続けること。それが私たちの使命だと思っています。
より良い社会をつくるために
情熱と挑戦―
仕事をしていく上で、あるいは人生において私自身が大事にしている価値観は何か。そう問われたとき、私は「より良い社会をつくるため、チャレンジを続ける情熱」だと答えます。
一般的かもしれませんが、この情熱こそが大切だと思うのです。うまくいかないこともたくさんあります。しかし「挑戦」をあきらめてはいけません。失敗を恐れると挑戦もしなくなり、ルーティンに陥ってしまいます。
より良い社会とはどういう社会か。一言では難しいのですが、努力したことがちゃんと認められて、そして誰一人取り残すことのない社会です。
どんな立場にいる方も、人間の尊厳を持って生活できるような社会。経済的、身体的、精神的、年齢的な弱者など、さまざまな弱者がいると思いますが、そういう方々が生きがいを持って暮らせるような社会にしたいと思っています。
それと同時に「新しい戦前にしてはいけない」と思っています。また戦争が起きて、「あの時、しっかりと反対すれば良かった」などと反省しても後の祭りです。ウクライナ、ガザでの惨状、そして、これまで想像しえなかったような各国トップの発言と行動。全く予測できないことばかりです。だからこそ今こそ、戦争を起こさない、起こさせない。さらに、誰一人取り残さない社会を実現するための、努力を惜しんではならないと思います。
つくってはいけない
記者がいなくなる社会を
民主主義は、正しい情報があってこそ成り立ちます。もし、事実ではない情報が広がれば、社会は簡単に分断されてしまう。民主主義を守るためにはコストが必要です。取材し、発信を続けるためには、コストがかかるのです。
新聞社や通信社が存続していくためには、広告収入や販売収入が必要です。フランス、スウェーデンなどのように国が新聞を読むように購読補助や財政支援している例もありますが、それでは本末転倒な気がします。私たちは権力と距離を置いていたい。だからこそ、記者が活動し続けられる社会、民主主義を守るために、福島民報社をはじめ各社が経営安定のためさまざまな挑戦を続けています。
SNSでは、いろいろな人が自分の思ったことを伝え、それが拡散していきます。しかし、取材をして裏付けを取ったもの少ないのではないでしょうか。何が正しいかということに100%の正解はないと思いますが、やはり取材を重ねて検証し、裏取りをしっかりとして、当事者の話や関係者の意見も聞く。そうした作業を経た情報を提供し、ファクトチェックもする。新聞の役割はさらに大きくなっていると思います。
福島が挑戦していく
あらゆる地方が抱える諸課題に、
生成AIやロボットは、これからの時代に必要不可欠だと思います。ただ、生成AIは基本的に、過去の膨大な情報をいかに活用するかというものです。あらかじめ答えがあるものや、与えられた指示通りに業務を行うことは、AIが最も得意とするところでしょう。
では私たち人間がやらなければいけないことは何か。
それは、答えがあるかないかわからない、できるかどうかわからないけれど、自分で課題を設定して、それに向かって挑戦していくことです。それこそが、人間がやるべき仕事であり、人間にしかできないことなのだと思います。
だからこそ、福島民報社は目的意識をしっかり持っている人。自分自身で社会課題や目標を設定し、解決・達成に向けて挑戦できる人を求めています。
繰り返しになりますが、福島民報社は「はじまりの地」ふくしまに根差す新聞社です。福島県の課題解決に向けて挑戦を続けていきます。そうすることが、あらゆる地方が抱える諸課題の解決につながると信じて、これからも進んでいきます。はじまりの地の新聞社で、ともに挑戦を続けてくれる新しい仲間を待っています。
福島県の偉人に野口英世がいます。野口は次のような言葉を残しています。「私たちには変えられるものが二つある。一つは自分自身、もう一つは未来だ」。ともに未来を切り開いていきましょう。